高校3年生の夏にホームレスになった私は、
これまでの生活から劇的な変化を遂げました。
ホームレスになる前は、、、
- 食べ物がテーブルに並ぶのが【当たり前】
- 塾や興味を持った事に習い事に行ける事は【当たり前】
- 毎月ゲームやプラモデルを買える事は【当たり前】
- 大きい家は【当たり前】(当時の自宅は一軒家200坪)
- 毎年親戚や家族が集まることは【当たり前】
- 人間、みんな良い人なのは、【当たり前】
- 父親と毎月遊びに行くのは【当たり前】
- 困った時に誰かが助けてくれるのは【当たり前】
- 家が暖かい事は【当たり前】
- 部活の道具を買える事は【当たり前】
etc…
完全なお坊ちゃまです。笑
書いてて恥ずかしくなります。汗
今スグ消したいくらいですが、
マインドフルネス的に内観を見つめる上で
大事なエクササイズの一つですので、
このまま頑張って書きます。
こんなお坊ちゃま君が
ホームレスになってからは、、、
- ゴミ箱から食べ物を漁る
- 店員さんから水をぶっかけられる*真冬に(笑)
- ミミをもらうために個人店のパン屋さんに土下座をする
- 横を通る車が怖い(取り立て等の怖いお兄さん)
- 歩いている時は、常に拳を握りしめた緊張状態
- 常に前後左右を気にして歩いている状態
- 襲われるのではないか?と不安で夜も眠れない
- 水は公園の水(冬は体が冷えてツライ)
- 警察に補導される恐怖
- 無知だったので攫われるという思い込みの恐怖
- 風呂に入れない(幸い体臭が出ない体質のようです)
- 寝床を探すためにひたすら歩く
- バイト先でお客の食べ残しをひたすら口に放りこむ
etc…
完全に生活感が180度変わりました。
なぜ、このようにホームレスになり
メンタルがズタボロになったのか?
まずは、私の生い立ちからお話させてください。
やられたら、やりかえす子供時代
子供の頃は、甘えん坊のゲームっ子でした。
食べ物の好き嫌いが激しかったようで
嫌いな食べ物を無理やり食べさせられた事が
キッカケで幼稚園をやめたのですが。
(ホームレスになってから好き嫌いはないですよ笑。)
幼稚園は、歩いて5分くらいのところだったので
よく園長先生が迎えに来てくれたようなのですが
ダダをこねて、行かずにゲームばっかりしていました。
まあ、ワガママですね。笑
でも、優しい幼稚園の女性の先生が大好きでしたので、
みんなが帰る時間に一人幼稚園に行き
先生と話したり、一人、砂場で遊んでいました。
お笹馴染みの男友達が2人いたので
一緒に遊んだりした事を覚えています。
(トモくんとテンくんは元気だろうか?)
負けず嫌いが伺えるエピソードとして
ある日、公園に行くと女の子の
お兄ちゃんが、自転車に乗れる事を自慢し
私の三輪車にぶつけてきたのでです。
ぶつけられた私は、意地になって
同じように相手の自転車に突進を
繰り返しいたようです。(負けず嫌いですね。笑)
なぜか、今でも覚えている
照れくさい話しがあります。
それは、大好きだった幼稚園の先生が
辞める事を聞いて、好きな気持ちを伝えるために
幼稚園から出ていく先生の車を
一生懸命叫びながら追いかけてみたいです。
当時の楽しみとしては、毎月一回、
家族で外食をする事にワクワク感を
覚えていた記憶があります。
ゲームと歌と漫画を愛した幼少期
あなたは、ゲーム好きですか?
私は、たまたま兄が2人いましたので、
物心ついた時からPCエンジンというゲーム機があり
ひたすらゲームをしていたので
小学校に上がる時には、すでにメガネ君でした。
当時の将来の夢は、ゲームが好き好きで、
たまらなかったので、毎日ゲームで遊べる会社の
社長になる事が当時の夢でした。
他にも漫画のセリフを覚える事が好きで
兄2人の前で「熱血高校くにお君」の
一話分のセリフを完全に覚えて2人に話す事に
ハマっていたそうです。
小学校に上がって広い家に引っ越した私は、
ゲームで誘えば、友達が家に遊びに来てくれると
分かっていたので、
男友達や女の子達を誘って
桃鉄等のゲームばっかりしていました。
当時の子たちには、ナイスなオファーで
ある意味、自分のリソースをフル活用していました。笑
私は、今でも音楽と歌が大好きなのですが、
当時、兄の影響で、B’zやXジャパンにハマり、
小学校のクラス会で一人、
持参したカセットテープと
ゴールデンマイクを使って
歌ばっかり歌っている小学生で
どちらかと言うと
よくしゃべり、明るく活発だったようで
割と楽しい小学生時代を送っていたみたいですが、
楽しい思い出は、小学生時代で終った感覚があります。
なぜか?
原因は「言葉のいじめ」です。
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