【Glory】第8話:金が正義だ!

居候初日のことでした。

幼馴染の両親から、話しがあると呼ばれて
4人がけ席に座り、話しが始まりました。

色々と話しをしましたが、
ハッキリと覚えている事は、

「本当は預かりたくなかった。」

という一言でした。

今ならば、それはそうだと思いますし、
この件も含めて【今の自分】に
繋がっているので感謝の気持ちもありますが、

当時その言葉を聞いた瞬間は
耳を疑いました。

「えっ!?いや何言っちゃってんの?」っと。笑

心の中で思いました。

「じゃあ、最初から断ればいいし、
優しい言葉をかけないでくれ」と。

もちろん、相手の方々にも
色んな不安があったとは思います。

  • 夜逃げした人間の息子を預かるリスク
  • 隣の自宅に債権者や取り立ての人たちがうろつくこと
  • 家に他人がいることで落ち着かない事
  • その他、経済的な問題

いくら当時高校生の僕でも、
それくらいのことは、ある程度
イメージ出来ましたが、

そのリスクを背負ってくれたのだと
思っていただけに、その一言で
深く傷ついた気持ちになったのを覚えています。

そして、居候をする上でのルールが決まりました。

  • 帰宅は、夜が更けて真っ暗になってから。
  • バイトをしてお金を入れること(当然ですが。)
  • 近所の目があるから早朝に出かけること

これが最低限のルールでした。

ただ、あの一言で一瞬で
嫌いになったと言いますか、
すごく人間不信になってしまいました。

「優しい言葉をかける人=騙す人」

 

とまで思うようになりました。

とりあえずバイト先を探す必要があったので、
人生初のバイト活動をすることになります。

まず探したのは携帯とバイト先。

両親が残してくれた10万円があったので、
当時コンビニで購入出来るボーダフォンの
プリペイド携帯があったので
3000円分購入し、バイト先を探しました。

しかし、

「両親が夜逃げしました。」

と言うことが出来ずに
ことごとく面接で落ちまくりました。

お金を居候先に入れないといけないので
当時、必死に探した事を覚えています。

両親が残してくれた
10万円という大切なお金を
使うことが勿体なくて

移動は全て徒歩で、相棒の
MDウォークマンと一緒に
ひたすら歩きまくって探し続け、

やっと駅前の和食屋さんに
バイト先が決まりました。

バイト先は居候している家から徒歩で
片道3時間かかる場所。

時給は630円でした。

 

ちなみに長崎の最低賃金は
当時605円から610円ぐらい。

バイトの時間も出来る限り
遅くまで働かせるようにしてもらい

22時や23時に終わってから
3時間くらいかけて

徒歩で帰る生活を
1ヶ月くらいしていたのですが、

何も世間のことや、倒産した人間に対する
取り立てとか、誰がいつ見ているのかも
わからなかったので、

車が通る度に、拳を握り締めて
いつ襲われても反撃出来るように構えたり、

誰からも目を離さないように警戒し
警察に補導されないように裏道を通ったりと
常に気を張り続けながら
歩き続けました。

居候先に帰るのは、
1時とか2時過ぎくらいでした。

ですが、相手の希望通りの時間帯だったので、
問題ないはずでした。

でも、やっぱり人は慣れない環境になると
ストレスが貯まるようで、住みだして
2週間後くらいには、居候先から
イビられるようになっていきました。
(そして、後ほど、ここから出ることに)

夜が明ける早朝には、
近所の人が出てこない
時間帯を見計らって、学校に行き、

保健室で出席確認を取ってもらい
放課後には、アルバイト先に行き
夜中に帰るという生活。

学校の勉強は、推薦がなくなった瞬間に
やる意味がなくなりましたが、

1番嫌だったのは、周りから
夜逃げしたとか、ホームレスだとか
言われることが恐怖でしたので

授業には出ないで
ひたすら保健室にいるようにしました。

 

その時、担任の先生と保健室の先生が
他の教師達から庇ってくれていたので、
今でこそ、本当に有り難く思います。

早朝に行くため、食事もないので、
学校に行く時間を利用して、
午前中は個人店のパン屋さんを回って

頭下げてパンの耳を詰めてもらい
詰めた袋をカバンに突っ込んで
保健室で食べ、

他の生徒が帰る1時間前に
学校を出て、バイトに行き

バイト先の洗い場に運んでこられる
お客さんの食べ残しを
ひたすら食べ(もちろんダメですが。)

お腹が空いて空いて、仕方がなかったので、
お店の大根のツマを、醤油ぶっかけて食べたりもしていました
*食べすぎてすっげー怒られたりしましたが(笑)

とにかく「食べなきゃ」としか
考えずに、周囲関係なく食べ物を
口に詰め込んでいました。

そんな生活を1ヶ月弱とか経った辺りで
どんどん居候先でのアタリがきつくなり

  • 「もっと早く帰れないか!」(いや、時間と時期を指定したのは、そちら。笑)
  • 「お金を使えばいいだろうが、金もってんだから。」
  • 「お前の家みたいに、なんでも自由じゃないんだよ。世の中は」

と、ずっと、ずっと言われ続けてきたのですが、
唯一の救いは、暴力だけは受けなかったので
よかったと思います。

ですが、当時の自分には
もう耐えきれなくなり、

「これなら、家なんてない方が良い!」

 

と思い、居候先の家を出る事にしました。
(正確には追い出される事に。)

ホームレス生活に突入ですが、
特に生活サイクルが変わるわけでもないし、

数時間、横になれる居場所が
あるかないかの違いにしか思えませんでした。

ただ、どんどん惨めになる
自分の気持ちの矛先は、

いつしか、両親、親類関係、
周囲の人たち、他人、社会に対して
向かうようになり、

常に人に対して心の中で憎み、
目についたモノを壊し、自分を傷つけることでしか
落ち着かないようになっていきました。

ずっと、ずっと延々と歩きながら、考える事は、

  • 「いつか見返してやる」
  • 「なんで、俺は、こんな事をしているんだろう。」
  • 「なんでゴミ箱漁っているんだろう。」
  • 「なんで、頭を下げ続けているんだろう。」
  • 「どうして、水をかけられるのだろう。」

と自問自答するようになっていきました。

当時の状態は、
多分ノイローゼとかパニック障害気味で
(自分ではわからないので。)

人も車も、警察の補導も、
何もかも怖いというか、
敵にしか見えなかったので、

何も考えずに、今日という一日が
無事に生きれるようにしか
考えられませんでした。

「もし、神様ってヤツがいるなら、
お願いだから、陽の当たる場所を歩かせてくれ。」

とドラマのような言葉を本気で願っていました。

ですが、

「んなもんあるわけねぇーだろうが!」と
一人でツッコミをいれてましたが。

 

自分の中で信じれるものを探したその時に
見つかった答えが

  • 「とりあえず金だな。金が正義だ。」
  • 「お金があれば、何でも出来るし、こんな想いをしなくて済む」
  • 「お金があれば、人から蔑まされる事も、
     汚い目で見られなくて済むんだ。」
  • 「絶対に金をこの手に掴んでやる」

と思うようになり、一円たりとも
自分のお金を使わず、お金を自分にもたらしてくれる
バイト先で働きまくる事にしました。

あの時の行動の源泉を言葉で
説明出来るとしたら、「一生懸命」だとか、
「精一杯」だとか、そんな綺麗な言葉ではなく

「狂気」に近い感情でしか
動いていませんでした。

完全にヤバイ人だと思います。

そんな時に「ある人」に出会います。

きっと、私は彼に出会ってなかったら、
「今の自分」はこの世にいなかったと思います。

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◆著者略歴 KOUDAI SATO(佐藤康大) 1985年6月8日生まれ:長崎県出身 ドリームオン株式会社:代表取締役:プロモーションライター :インディーズ作家:電子書籍プロデューサー:Podcastトータルプロデューサー1枚のセールスレターで億を売り上げるAmazon作家:500名以上の会員の方々にインターネットビジネスの指導経験と全国47都道府県のセミナー講師の経験を持つ 自身が書いたコピーライティングの電子書籍は、広告費0円で マーケティング:セールス部門:新着1位:産業研究部門:新着1位を獲得